タイの「調和」について考えてみた。

全体

最近のビルマ(ミャンマー)のクーデターとデモ隊の殺戮のニュースを聞く度に、
タイの国との違いを感じてしまう。
勿論、「仏教国」日本との違いも大いに感じている。

今日は、この辺りを、私の感じるタイにおける「調和」について考察してみたいと思います。

視点としては、以下の4点
(1)仏教、王室、国民の三位一体
(2)長い独立国家
(3)寺の役割
(4)王室の役割

(1) 仏教、王室、国民の三位一体
以前、タイの国歌、国旗でお話しした様に、仏教、王室、国民の三位一体、お互いを尊重する、もしくは、
「調和を守る事」が、結局、自分達を守る事をよく知っているのだと思います。
一旦殺戮をしたら、争いは止められない。結局、全ての国民が不幸になる事を身を持って知っていると思います。
恐らく、子供の頃からの教育の中で、しっかりと身につけているのだと思います。

(タイの国歌について)

(タイの国旗について)

タイでも、クーデター、政争デモ、空港封鎖など、繰り返し、頻繁に起こりました。
しかしながら、大きな殺戮はありませんでした。

(2)長い独立国家
タイは皆様がご存知の通り、第一次、第二次世界大戦前後でも、独立を維持していました。
時には、フランスから攻められ、時には日本の占領を許しながらも、韓国、中国、その他の国の様に、他国領土他国併合を免れてきました。結果的かもしれんが、私は、「調和を大切にする」、ある意味では、根底にある仏教の、「争いは争いをよび、憎しみ仕返しは、憎しみ仕返しをよぶ」。「三毒」を根幹に添えた、「調和」の精神の結果の様な気がします。

日本の仏教思想も、この考え方は根本にあるが、日本は、仏教以外にも、「神社の神」という「神社仏閣」の両方で成り立っているところに違いがあるのではないかと思う。日本の「規律」、「正義」、及び「潔癖」の精神は、時に、争いを呼ぶ。仏教は、ある意味で「寛容」、「許容」、「抱擁」の精神が強いと感じます。

この辺りが、「上手く立ち回り」、長らく平和な独立国家を保ってきたと考えます。
但し、タイは決して、「貧富の差のない」、「格差の無い」国ではありません。
従って、「平和的な争い」は絶えません。

(3)寺の役割
お寺は、政治に対して決して加わりません。
「貧富の差」を作るのは、「政治」であって、「仏教」の役割では無い。「貧富の差」を是正するのは、
「政府」、「政治」、「行政」の仕事・責任であって、寺の仕事では無い。

でも、飢えた人を助けるのは、お寺の重要な役割です。災害、事故、緊急事態などあれば、物資の支援を行います。
平時に頂いたお布施(寄付)を使い、助けます。そうです。「タンブン(Donaition)」ですね。タイでは、お金持ちの人は、
億単位でタンブン(布施)をします。大きな建物(仏舎)を一棟タンブンする人も多いと聞いています。

(4)王室の役割
王室は、本当に、しっかりと、「農民」、「異民族」、「異宗教」の人々を事業で支えている。所謂、「Royal project」ですね。「農民の野菜」、「異民族(高地民族など)の民芸品・嗜好品」、「異宗教の人々の嗜好品」
などを、資金面、技術面、そして地産支援ですね。沢山のこれらの人々の生活を支えています。
また、当然、物流、販売。そして、得た利益は、当然の様に、真っ先に、災害、事故、緊急事態などの物資の支援を行います。だから、国民に尊敬、信頼されています。
さらに、黄色い制服のボランティアの人々への資金援助。
なんだか、理想的な「NPO」のようですね。
他に、こんな王室のある国はあるのでしょうか。

(以前紹介した「王女のコーヒーショップ」)

今、ジュディは、
私の横で、窓の外を眺めています。
ノック(鳥)が好き(嫌い)なので、立ち上がって眺めています。

ムチュー

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日本で定年退職後、タイにロングステイ、タイと日本の往復、8年目になる男性です。 また、タイへは、過去に仕事とプライベートで何回も来た経験があります。 しかし...

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